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事例056 社会を支えるもの

時折、介護疲れを原因として殺人を犯してしまう、という悲しい事件が起きてしまいます。

2006年に、京都府伏見区で起こった事件は、なかでも大変印象に残っています。
認知症の母を献身的に介護していたために、職も失い、生活が追い詰められ、心中を決意。
母は亡くなったが、息子は生き延びた、というものでした。

その後の裁判の判決も、事件の経緯や被害者の心情に寄り添った“温情判決”と話題になりました。


私も実際に介護現場で働いていて、家族の切実で複雑な思いをたくさん聞いて来ました。

認知症でデイサービスに通う旦那さんを介護する奥様は、
「なんでも出来て頼りになる旦那が、出来ないことが増えていき、いろんなことを忘れていき、いずれ私のことすら分からなくなってしまうのかと思うと、もう耐えられなくて。子供も事故で先立たれ、もう何も頼る場所がないのです。パパ、もう終わりにしよう、一緒に死のうって言ったことがあるんです。」
と仰っていました。

度重なる徘徊の末、何週間も行方不明になった妻がようやく発見された時、そのご主人は、
「こんなこと言ったら冷酷だと思われるかもしれませんが、このまま発見されなかったとしたら、もしかしてどこかで亡くなってしまっていてもう妻が戻ってこないと考えたら、昼夜も関係なく徘徊する妻を追いかけることがなくなるんだなと考えたら、少し気持ちが楽になるような気がしてしまったんです。いままで散々警察や近所の人たちに迷惑をかけてきましたから。」と話していました。

暴力暴言を繰り返す父親を介護していた娘さんからは、
「寝ている父を、母と見ていて、『いっそ首を絞めたら…』なんて話したこともあります。施設に入居させたくてもお金がありませんでした。そんなギリギリの生活の中、持病が悪化し、救急車で運ばれ、入院することになりました。内心よかったと思っています。もう元気になられたら困るんです。母も私も、父が原因で精神的におかしくなってしましました。やっと休めるんです。」という話を聞いたこともあります。


冒頭に書いた京都の事件では、裁判で「母の分まで生きる」と誓った息子は、その後、会社をクビになったのを親族に話したのを最後に姿を消し、一昨年自殺していることがわかったそうです。バッグの中には、自分と母親をつないでいたへその緒が入っていて、一緒に焼いて欲しいと遺書を残していたそうです。

友人はいなかったのだろうか、親族とはどんな関係だったのだろうか…いろんな考えがめぐりました。


介護には、いつまで続くのか終わりが見えず、不安が募っていくという性質があります。
社会的、金銭的、体力的、精神的な問題を継続的に支えていく仕組みが必要なのです。

大切なのは、孤独にならない、孤独にしないことです。
厚生労働省が進めている、“地域包括ケアシステム”は、重度な要介護状態になっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けることが出るよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される社会を目指しています。

もっと身近な現実を見てみると、家族や親族のコミュニケーションを深めること、何かあった時にいつでも助け合える関係づくりをしておくことがとても大切なのだと思っていて、それこそが介護デザインプロジェクトで伝えたいテーマになっています。

家族は、社会を支える重要な「礎(いしずえ)」なのです。
Category: 介護の現場から(事例集)
Published on: Thu,  21 2016 00:00
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