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事例036 30分のクラシック

施設にいらして下さるボランティアさんを通じて知り合った、あるピアニストがいます。

彼は、様々なコンクールで賞を受賞しており、有名なホールでソロコンサートを開催するほどの実力者です。
そんな彼が、必ず自身のコンサートの前に、彼の指導者の先生と共に、私の勤務する施設に来て慰問演奏をしてくれました。彼や先生はとても謙虚に、「リハーサルのつもりで弾かせて頂いているので…お礼はいりません。」と話してくれましたが、私たちにとってはリハーサルとは思えないほどの素晴らしい演奏です。

最初のころは、「クラシックはあんまり興味ないけど、聞きにいってみるわ」というくらいのご利用者さまたちも、一度彼の演奏を聞くとみんな虜になってしまい、「次は彼はいつ来るのかしら!」と心待ちにしている方や、イベントの掲示がされると、「あのピアノの彼が来るんですってね!絶対聞きにいくわ!」と、待ちきれない様子の方もたくさんいます。


さて、何度目かの慰問演奏の打ち合わせ。
彼の先生から連絡が入り、用意して頂いた曲目で、驚きの選曲がありました。

私たちが聞いたこともない作曲家の、全く知らないその曲は、何十章かに別れており、それぞれに《恋心》《孤独》《親しみ》などの心情、季節や情景を表現しています。
なんと全30分以上の大曲。

「皆さん聞いていられるでしょうか?」との質問に、
「絶対無理でしょう!」「聞いたこともないようなクラシックを30分以上ノンストップで聞くって、私たちでも辛いですよ!」と言いかけた時。

先生が言いました。
「とっても美しく、力強いメロディーです。一つ一つの章節に意味があり、彼はきっと上手に表現してくれます。」

たった、その一言でしたが、なぜか私にはいける気がしたんです。


さて、当日。
40〜50名ほどのご利用者がホールに集まり、満席。
大きな拍手で、迎えられた彼は、一礼して静かにピアノに座ります。

しーんと静まり返ったイベントホールに、彼のピアノが響きはじめました。。
静かに流れるように始まったかと思うと、振り切れてしまうのではないかというくらいに激しく、たたくように情熱的な演奏…かと思うと、楽しげで弾むような演奏。

ご利用者がどんどん惹きつけられていくのが分かりました。
私もはじめは(凄い演奏だ…)と思いながらも、ご利用者が飽きてしまうのではないかと心配で、時計に目をやり、5分経過…10分経過…と時計とご利用者の様子を忙しく見ていましたが、いつの間にかご利用者と一緒に演奏に惹き込まれていました。

あっという間に30分。

彼が、最後の鍵盤をゆっくりとたたくと、しばらく音の余韻が残り、静かになった瞬間。
「ブラボー!!!」「最高!!!」と拍手の嵐。
ご利用者の中には、感激で泣き出す方も。

その時です。
認知症が急激に進行していたおばあちゃんで、言葉を失いかけていた方が、突然泣きながら話しだしたのです。

「と、と、とにかく、素晴らしかった!」
「ひ、ひ、一つ一つ、ち、ち、ちゃんと物語が見えた!」
「あ、ありがとう。あ、ありがとう。」

40〜50名のご利用者の中で、中には重い認知症状があり、普段は落ち着いて座っていられない方もいました。しかし、席を立った人は誰一人いません。
はじめに聞いた時には、絶対無理だと思った30分の演奏ですが、こんな反響があるとは思いませんでした。

違った感激で、私たちスタッフは胸を打たれました。


脳を刺激する音楽を聴くと、α(アルファ)波がでて、機能しなくなった部分に働きかけると言います。言葉が出るようになったり、身体の動きが改善されたり、徘徊や睡眠障害を軽減・改善すると言われています。

彼の演奏は、脳と心に染み渡る素晴らしい演奏でした。
「彼はきっと上手に表現してくれる」と言った、先生の言葉は本当でした。

彼は今でも、慰問演奏を続けてくれています。
Category: 介護の現場から(事例集)
Published on: Mon,  07 2015 16:08
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