介護デザインプロジェクト

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介護の現場エピソードや、現在の社会問題について情報を発信していきます。

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事例255 母が残していた母子手帳

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知人(60代女性)が母親の介護経験を振り返って話をしてくれました。

知人の母親は数年前に亡くなりました。
母親はもともととても気の強く頑固な性格で、子供達ともあまりうまくいっていなかったと言います。
70歳を過ぎて、父親が亡くなってから一人暮らしを心配して知人が一緒に住むことになりました。

歳を追うごとに、転んだり家事を失敗したり、出来ない事も増えていったのに、それでも自分の失敗を認めないような、頑固さは増していったといいます。

そんな状況は続き、嫌気がさしていたある日、何かの探し物のついでに物置を整理していた際のことです。

意外なものを発見しました。

それはおよそ70年前の、知人や兄弟が生まれたときの母子手帳です。
知人は、母親が子供の記録や思い出の品などを大切にとっておくような人ではないと思っていました。あの性格の母親が、なぜこの母子手帳は大切に保管しているんだろう?と、不思議に思うくらいでした。

今の母子手帳とは違い、小さく薄っぺらいその手帳の中身を見てみると、取り上げた産婆さんの名前や出生日時、体重などが書かれていました。体重は今の「g」の表記ではなく「匁(もんめ)」という昔の単位を使っていて、時代を感じたと言います。

その他、健診の記録や産後の記録などは一切なく、唯一残されていたのが、「配給の記録」でした。
当時、まだまだ貧しかった日本では、母子手帳を持っている人には優先的に砂糖などの配給が行われていたようです。

知人はその母子手帳を見た時から母に対する気持ちが少し変化したと言います。

知人
「母の介護が始まって、うまくいかなかったり、頑固な母に嫌気が指す日もありました。母の為に、自分の時間が取られて行くことが増え、なんで私ばっかり、と腹がたつ日もありました。
でも、あの母子手帳を見つけた日から、少しだけ気持ちが楽になったような気がしたんです。

私たちが小さい頃は、まだまだ貧しい時代で、父親は農業の合間に出稼ぎに行ったりしてほぼ家にはいなかったんです。だから、母は、父がいない間も子供を背負って市場に働きに出たりして、強く生きなければいけなかったんだと思います。

そんな母にとって、この母子手帳には捨てられない母の思いがあったのではないかと思うと、母と私の「母子」としての特別なつながりを感じたような気がしたんです。

母は最期まで、頑固で気難しい母でした。私に感謝の言葉とか、そういったことを言ってくれた記憶もありません。でも、いいんです。」

母子手帳を通じて、母子の絆を感じるエピソードでした。
知人が最後に言った「でも、いいんです。」には、母親に対するたくさんの思いが詰まっている気がしました。
Posted by おこないちかこ on  | 0 comments 

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