介護デザインプロジェクト

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事例237 命の大切さはお葬式から学んだ

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最近、友人や家族、又は「誰でも良かった」という理由の無差別な殺人事件がニュースで流れます。
そんなニュースを見ていた施設の入居者のおばあちゃんがこんなことを言っているのを思い出しました。

おばあちゃん
「私は小さい頃はおばあちゃん子でね、お母さんが家事や子育てで忙しいからいつもおばあちゃんと一緒にいて、畑仕事を手伝ったり、お手玉を作ってもらって遊んだり、おばあちゃんのそばを離れなかった。

でも、私が小学校に入ってすぐくらいの時、そのおばあちゃんが突然亡くなったんだよ。
学校から帰ると、おばあちゃんが白い布をかぶって居間に寝ていたの。

その時初めて、「人の死」というものを認識した気がする。
こんなにあっけなく息をしなくなるんだって、ショックだった。
家族みんな悲しんでいたのを覚えているよ。

その時のことで一番記憶に残っているのは、お葬式の後の会食のことだよ。
みんな悲しんでいたはずなのに、会食になると、故人の昔話をしながら、楽しそうに話をしていた。ばあちゃんの口癖とか、小さい頃に怒られたこととか、とにかくみんながおばあちゃんのことを話しながら楽しく過ごしていた。

私はまだ、おばあちゃんが亡くなったことが受け入れられなくて、大人たちが楽しそうにしているのが不思議でしょうがなかった。そんな私を見て、母が言った言葉が忘れられなくてね。

『みんな楽しそうに喋ってるね。ばあちゃんの存在は大きかった。でも、生きてることは当たり前じゃないんだよね。』

母がどんな思いでその言葉を言ったかはわからないけど、なんだか胸にグサッときたのを覚えてるよ。
命は儚いもので、明日生きていることが奇跡なんだって思ったら、尊いものだと感じたし、最近の事件のように、人から命を奪うなんてことは考えられないね。

最近は家族の形も小さくなって子供の頃に死と向き合うことが減っているみたいだよね。
理解できないからっていう理由で、子供に死を隠したり、葬式に連れていかないという風潮もあるみたいだし。

でもゲームや漫画では簡単に人が死んでいく。

これって、どうなのかな?って思うよ。
死が現実的ではないところで理解されていくのは、ものすごく怖いことだと思うんだよね。

教育としてももちろん大切だけど、家族や大人がどれだけ「命」についてを「生と死」という観点から話をできるのかって大切なことだと思うよ。」


おばあちゃんの生きてきた時代と、私たちの時代とでは、家族の形や家族を取り巻く環境が大きく違います。
体験が難しいものになってきているからこそ、その時にはチャンスを逃さず、子供達に伝えていきたいことでもあると思います。
Posted by おこないちかこ on  | 0 comments 

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