介護デザインプロジェクト

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介護の現場エピソードや、現在の社会問題について情報を発信していきます。

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事例231 自分のせいだと悩んだ日々

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義理のお母様が亡くなった知人女性から話を聞きました。

知人は数年前から義母の介護をしていました。
同居家族は、義母、夫、夫の姉、自分の四人です。

夫と夫の姉は、正社員で働いているため、朝早くに仕事に出て、夜遅くに帰ってきます。
知人もパートで仕事はしていましたが、出勤時間は遅く、帰宅時間も他の家族より早いので、結局、義母の介護は知人が行っていました。

義母は徐々にできることが少なくなり、最終的には排泄コントロールができなくなってしまいましたが、プライドからオムツを付ける事は拒否、入浴や着替えの介助も自分の思う通りにできないと怒ったりするのでした。

なんとか介護を続けていましたが、月日が経つにつれ、この介護はいつまで続くのだろう…と思うと、精神的にも疲れてきてしまっていたそうです。

そんな時、夫や夫の姉に相談しても、「仕事があるんだからしょうがない。」と言われ、
土日でもいいから手伝って、というと、「平日疲れてるんだから休ませてくれ。」とか、「休みの日ぐらい好きなことさせてくれ。」という言葉しか返って来ず、喧嘩になるばかりで、家族ともうまくいかなくなっていったと言います。
どんなに喧嘩をしたって、介護は終わりません。

義母の介護を投げ出すこともできず、疲れ切っていきました。
パートからの帰り道、家に帰りたくなくて帰りたくなくて、用事はないのに商店街をぶらついて帰ったり、喫茶店で時間を潰して帰るようになりました。

そんな状態のある日。
知人はパートに出るために義母に声をかけに部屋へ行きました。
「お母さん、仕事に行くので出かけますね。何かやっておく事はないですか?」
そう声をかけると、いつもは「はい、いってらっしゃい」と返事が返ってくるのに、
小さく「うん…」とだけ返ってきました。
そしてベットに横たわったまま、なんだか上の空のような、普段と違う様子だったと言います。

知人は、なんだかいつもと違うような…と思いましたが、出勤時間も近付いていたことと、精神的にも疲れていたため、「お母さん、何かあるならいってくれないと分からないよ、もう行くからね。」と相手にせず、部屋を出てしまったのだそうです。
いけない事だけど、「もし何かがあってももういいや」そんな思いがあったと言います。

その日の夕方、パートからの帰り道、いつものように時間を潰して帰っていると、夫から電話が入りました。
「今日は仕事がたまたま早く終わって帰ってきたら、お母さんが意識がなくなっている。救急車で病院にいく。」
知人は、出がけの義母の姿が目に浮かび、「私はなんてことをしてしまったんだろう」と罪の意識が重くのしかかり、心臓がバクバクなって苦しくなったと言います。

その日のうちに義母は息を引き取りました。
夫に、パートに出る前の義母の様子をたずねられても、正直に答えられなかったと言います。

現在それから、数ヶ月が立ちますが、ずっと「義母がなくなったのは自分のせいだ、あの朝、なんか変だなと思ったことは間違いない。でも、見て見ぬ振りをしてしまった」と悩み苦しんでいたと言います。義母の最後の様子や、その時の自分の心情を誰にも打ち明けられずにいたそうです。

今回、私はたまたま知人とご飯をしているときに、「介護士さんって大変なお仕事よね、中には大変な人だっているでしょう?」という一言から始まり、「介護士だって人だもの、あんまりなことがあると、投げ出したくなるような瞬間だってありますよ。」

そう話すと、知人は少し黙って涙目になって、さっきの話を語り出したのでした。

家族の誰にも話すことができず、自分を攻めて暮らしてきたこの数ヶ月、本当に辛かったのだと思います。
終わりの見えない介護、どうしてもうまくいかない介護、誰も助けてくれない介護…
一生懸命介護してきた人を誰も責めることは出来ません。

今回、話ができたことで、知人の気持ちが少しでも楽になってくれたらいいな、そう願っています。


Posted by おこないちかこ on  | 0 comments 

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