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事例集017 夢のような本当の時間

ケアハウスに勤めていた頃、廊下の片隅に丸いプランターが一つ置いてありました。
はじめは観葉植物かな?
と思っていましたが、それが実は、入居者の女性Sさんが心を込めて育てていた月下美人だと教えてもらいました。

Sさんは70代で性格は明るくお元気ですが、パーキンソン症状があり、いつも足を引きずって歩いていました。
スレンダーで背が高く、おしゃれな眼鏡に真っ赤な口紅、いつもロングスカートで上品な奥様。そんな雰囲気です。

季節的には、だんだん今頃のように暖かくなってきた頃のことです。
その月下美人に一つだけつぼみが膨らんで来て、甘く優しい香りが廊下中に広がりました。

しばらくして、もう今日には咲き始めるかもしれないという日。

私はたまたま遅番でした。
遅番の仕事の終了間際、館内の見回りをしていました。

廊下を通り過ぎると、なんと白くて優しい花がふわっと咲いているのです。
月下美人は夜にしか咲かない花。しかも年に1〜2回しか咲かない花。

あまりの綺麗さに立ち止まってしばらく見ていると、遠くからエレベーターの開く音が聞こえ、Sさんが歩いて来ました。

ほとんどの方がお休みになっている時間ですが、気になって見に来たんですね。
しーんとした廊下で、二人で小さく「咲きましたねー!!!」と喜びを分かち合いました。

しばらく二人で、そこに椅子を並べて眺めていると、Sさんがぽつりぽつりとご自分の昔話を始めました。

昔は飲み屋のママさんをしていたこと。
結婚をしなかった理由。
病気をして、ここに入居することになったこと。

普段は聞くことの出来ない話ばかりでした。

しばらくSさんとお話をしているうち、
またエレベーターの開く音が聞こえます。

今度は、Sさんとは違う階に、奥様と二人で住む男性Mさんです。
月下美人の花を見て、「やっぱり!」とおっしゃり、すぐに「二人ともちょっと待ってて!」と部屋に戻っていきます。

なんだろう…と待っていると、Mさんはあるお酒を片手に現れました。

「この前福井に旅行に行った時に買って来たんだよ!もうすぐ咲くと思ったからさ。」と。

ラベルには『月下美人』と書いてあります。
福井の日本酒だそうで、花が咲いたら呑もうと思っていたのだそうです。


「うちのやつはもう寝ちゃったからさ、せっかくだから3人でのもうよ!」とMさん。
「じゃぁ、1杯付き合うわ」と、Sさん。

私はというと、タイムカードを切り、制服から私服に着替え…宿直のおじさんに経緯を説明。
おじさんも(しかたないな〜)と言うフリを見せながら私にウインク。


一夜限りの花見酒。
昔話をしたり、私に人生のアドバイスをくれたり。
Mさんの話を聞きながらお酒を注ぐSさんの姿を見ていると、昔の飲み屋のママさんの姿が少し想像できました。


ほろ酔いでお開き。
「うちのやつには内緒な!」とMさん。
ほんの少しの時間でしたが、月下美人がくれた最高の夜でした。


次の日には、月下美人はつぼんでいて。
夢のような、ほんとの話です。
Category: 介護の現場から(事例集)
Published on: Thu,  23 2015 08:00
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