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事例163 エンディングノートの行方

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知人の母親が持っていたエンディングノートの話です。
エンディングノートとは、人生の終盤に起こりうる万一の事態に備え、治療や介護、葬儀などについての自分の希望や、家族への伝言、連絡すべき知人のリストなどを記しておくノートで、少し以前より話題になっていたものです。


知人は現在50代ですが、つい先日、一人暮らしをしていた80代の母親を病気で亡くしました。
今年のお正月も一緒に過ごし、つい最近まで元気だったということで、悲しみは大きかったようです。
それだけでも辛いことなのに、葬儀などが一段落ついたある日、また悲しい出来事に遭遇してしまったそうです。


それは、母親の住んでいた実家を整理していた時のこと。
寝室にある本棚を何気なく見ると、『幸せな最期の為に』『死ぬまで元気に生きるには』
といったような内容の本が数冊あったそうです。

「歳をとってきて、日ごろからそのようなことを意識はいていたんだろうけど、まさか、突然逝ってしまうとは思ってなかっただろうな…」
そう思いながら本棚をながめていると、一冊だけ、薄いノートがあるのに気がついたそうです。

手に取って、パラパラとめくってみると、母親の日記の様なものが書いてあります。
一緒に家の整理を手伝っていた兄弟に見せると、それはエンディングノートじゃないか!と言われたそうです。

知人は、エンディングノートというものについて知らなかった様でした。


中身をよくよく見てみると、母親の人生の記録、自分の病気や薬のことについて、財産のことについて、細かく書かれていました。
知人も兄弟も知らなかった話が沢山書いてあり、ノートが見つかって良かったね。という話になったのですが…

最期に書いてあった葬儀のことについてを見た時に、知人は愕然としたそうです。
母親は、『直葬(※)』を希望していたのです。

※『直葬(ちょくそう)』とはお通夜・告別式などの儀式は行なわず、自宅または病院から直接火葬場にご遺体を運ぶというもの。

直前まで元気だった母親を前に、「死んだら…」なんていう話は事前にしたことがなく、もちろん『直葬』の希望があるなんて知らなかった知人は、母親が亡くなった後、何の知識もないままに、もちろん式はやるものという流れに流されるままに葬儀を終えていたのでした。

知人は、
「分かっていたら、希望通りにしてあげられたかもしれないのに。
エンディングノートがあったということは、いつか子供達に知らせておこうと思ったのかもしれないですね。でもお正月に会った時にもそんな話してこなかったし。元気なもんだから、私たちもそんな話題を出すこともなかったし。母も子供達に話すタイミングがなかったんだと思いますね。まさか、突然なくなるとは思ってなかっただろうし。機会があったら言おう、くらいだったんだと思います。」

知人のお母様のように、高齢になってきたので元気なうちに、自分のことを整理しようとか、病気になったらどうして欲しいかを明確にしておこう、とか、財産や相続についてを家族に伝えておこうとか、様々なことを考える方がいます。
その為にエンディングノートを活用してまとめておく方もいます。

しかし、せっかくまとめたノートの存在を家族の誰も知らなければ、自分の意志も伝えられないですし、後からその意思を知った家族が悲しむこともあるのです。

元気なうちに、これからのお互いの為に聞いておきたいことを、双方で明確に出来ているかそうでないか、そして、それをいいタイミングで自然と話が出来るような親子の距離感が作れているかどうか、そこが重要な気がしています。

『カゾクロ』は、そんな家族の距離を縮めるためのツールで、「家族の年表」を作るノートです。

親子であんなことあったね、こんなことあったね…と、家族しか知らない思い出話をするのも、楽しいものです。家族の心の距離が縮まれば、これからのことももっと自然と話ができるようになるかもしれません。

家族が集まるお正月やお盆だけに限らず、日ごろから『カゾクロ』を囲んでお互いのこと、家族のことに触れてみることをオススメします。
Category: 介護の現場から(事例集)
Published on: Thu,  08 2018 08:00
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