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事例144 銭湯の想い出

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グループホームのおばあちゃんが、昔を懐かしみながら子育て時代のこんな話をしてくれました。
私には4人の子がいて、全員男。
小さい時はみんなやんちゃだったし、反抗期もあったし、本当に大変だったわね。

昔は今と違って自宅にお風呂がなかったから、子供たちを連れて近くの銭湯によく行ったものよ。
小さいうちは女湯で一緒に入ったけど、大きくなるとそうはいかなくて。

そのうちお兄ちゃんに弟たちを連れていかせて、男湯に入ってもらうようになったのね。

あるとき、お兄ちゃんが「僕もう銭湯行きたくない」って言い出したの。

どうしてか聞いてみるとね、
銭湯に行くとよく会う近所のおじさんがいるんですって。
僕を見つけてはいつも同じことを言うんだって。それは…

「兄ちゃんたるもの弟たちの見本になって、なんでも率先して行動して、きちんとしたことを教えないとだめだぞ。お母さんを助けてあげるんだぞ」

って。
何回も言われるようになってきて、だんだん苦痛になってきたみたいね。

子供たちは半分楽しみに銭湯に行っていたのに、周りから見られていて、
特にお兄ちゃんとして…なんて言う視点で見られているとなると、だんだん行くのが辛くなってきたんだと思うわよ。

ただ、私にとっては凄くありがたいなって思ったわよ。
旦那は早くに亡くなってて、男として接してくれる人がいなかったから。

いくら母親がこうなりなさい、と言ったところで、いつものうるさい小言にしか聞こえなかっただろうから。同じことをいわれても、全然違った気持ちで響くんだと思うわよ。

だってね、今私は90過ぎ。息子はもうすぐ70よ。
未だに昔の話をすると、息子が銭湯のおじさんの話をするんだもの。
お兄ちゃんたるもの…って同じこと話してたおじさんがいたんだよな。って。

子供の頃は、おじさんがいると気楽に銭湯に入れなくていやだな、という気持ちだけだったかもしれないけど、大人になるに従って、お兄ちゃんとは?という言葉を真剣に考えた日もあったかもしれないわね。

そんな時、思い出すのがおじさんから言われた言葉だったんでしょうね。
そのおじさんは近所の方みたいだけど、私も知らない人だったのね。

昔はそうやって、どこの子供か知らないけど、皆が声かけあう時代だったのよね。
今は、銭湯なんて滅多に行かないわよね…



銭湯。
確かに今は行く機会が減りましたが、私も田舎にいた頃はよく行ってました。

思い返してみると、母はたまたま隣になった方に「お背中流しましょうか?」と声をかけ、お互いに背中を流しあったりしてました。それが私たち地域の銭湯では普通だったんです。

通っていると、顔見知りになる方もいて、よく会うおばあちゃんは私や小さな子供たちを見ると、
「アイスでも買いなさいね。」といって、100円をくれました。
私と母の間では“100円おばさん”というあだ名がついていてました。
母が御礼を言いにいくと「私はこれが楽しみなんだからいいのよ。」といつも言います。

子供たちが嬉しそうにしている姿、アイスを選んでいる姿が、おばあちゃんのひとつの生き甲斐だったのかもしれません。

しばらくして、最近おばあちゃんいらっしゃらないな…と思い、母が番台のおばさんに聞いてみると、入院して亡くなったのよ。とのこと。

全然知らないおばあちゃんだったけど、なんだか寂しいね、と母と話したことを今でも覚えています。

昔の銭湯で交わされていた人と人との交流は、今ではあり得ないことが多いな、と感じます。
しかし、私たちの記憶にしっかりと残っているということは、人生において印象的な出来事なんだと感じます。


銭湯は、身体に良いだけではなく心にも効くそうです。
大勢の人と一緒に入浴することは、孤独感を紛らわせる場でもあり、精神面でもよい刺激になるのだそうです。心の安心は身体の健康にもつながります。


銭湯って、なんだかいいものですね。
Category: 介護の現場から(事例集)
Published on: Thu,  28 2017 08:00
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