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事例100 その人のことを知ること



先日、音楽健康指導士として音楽レクリエーションを行うため、都内の有料老人ホームに伺ったときのことです。

新しい施設ということもあって、まだ数名の入居者しかいませんでしたが、歌が好きな方々が集まってくれました。カラオケのマイクを向けると、「いやいや、一人じゃ無理よ〜」と恥ずかしそうにされる方や、「あら歌っていいの?」と堂々と立って歌い出す方まで様々です。

入居者だけでなく、その日にご主人をホームに入居させた、と話す奥様も飛び入り参加してくれました。
楽しそうだから、主人は部屋に置いて私が参加しに来ちゃった!と、3曲ほど熱唱して帰られました。帰り際、「こうやって趣味活動も出来るんですね!いい施設に主人を入れられてよかった!」と、喜んで帰られました。


さて、次に参加してくれたのは、車椅子に座った入居者の女性Aさんです。
60代くらいでしょうか、とてもお若く見えましたが、ある病気の後遺症で、
失語症(言語機能、「聞く」「話す」といった音声に関わる機能や、「読む」「書く」といった文字に関わる機能に障害のある状態)の方でした。

Aさんは主に「話す」ことが難しいようで、スタッフの方に聞くと、「あー」「うー」「ははは」などの声は聞いたことがあるが、それ以外はまったく聞いたことがないとのことでした。言葉でのコミュニケーションはほとんど取れないそうです。
でも、病気の前までは歌が好きだったということをご家族から聞いていたので、スタッフさんが参加させてくれたのでした。

レクリエーション中、様々な歌を皆さんが歌ったりしていましたが、Aさんは歌詞が流れるスクリーンをジーーーッと見つめているだけで、特に何の反応もないまま過ごしていました。
そんな中、スタッフさんが「そう言えば、Aさんって、”津軽海峡冬景色”が好きって聞いたことあります。」と思い出してくれました。

それでは、ということで、Aさんにマイクを持ってもらい、
「津軽海峡冬景色を一緒に歌いませんか?」と声をかけると、笑顔でうっすらうなずいてくれました。

前奏が流れ始めると、頭でうなずくようにリズムを刻み、足のつま先でも調子をとり始めたのです。
その光景に、スタッフさんは喜んでくれました。

そしてさらに。
「上野発の〜」と歌が始まると、声は出ないけれども唇の動きがしっかりと、「う・え・の・は・つ・の…」と動いたのです。

これには側で見ていたスタッフさんは驚き、周囲のスタッフに
「みんな見てみて!Aさんの口が歌詞に合わせてしっかり動いてるの!」
と呼びかけると、周囲にいたスタッフさんがみんな駆け寄って来て、喜んでくれたのでした。

施設長さんもいらして「これは、ご家族にも伝えてあげたら喜びますね!」と話してくれました。


失語症は、完治することは難しいと言われているようですが、時間をかけてゆっくりと回復リハビリを行なうことによって、少しづつ機能を向上させることができそうです。

以前リハビリ病院の先生が教えてくれました。
「リハビリは、症状や回復能力に合わせてですが、プランに合わせて計画的に行なっていきます。
リハビリの時間以外にも、日常生活の中で気晴らしが出来たり、楽しさや嬉しさを持って暮らすことが出来れば、リハビリにおいてもやる気や向上心をアップさせることが出来ます。
計画的なリハビリの時間を真面目にこなすことも良いのですが、日常生活における楽しみも意外重要なんです。」

Aさんを見ていたスタッフさんも、
「以前好きだったという“歌うこと”を活用して、これからもしかしたら、発声できるかもしれない、歌うことが出来るかもしれない、となんだか希望がわいてきました。Aさんも笑顔で楽しそうだったし、継続していきたいです。」
と話していました。

Aさんは歌うことが昔は好きだったんだ、という情報をくださったご家族、その情報を逃さずレクリエーションに参加させてくれたスタッフさん、そして、津軽海峡冬景色が好きだったらしいから歌ってもらうのはどうでしょう、と提案して下さったスタッフさんのおかげで、私も素晴らしい瞬間に出会えました。


生活歴、趣味、病気…何がヒントになるか分かりません。
でも、その人のことを知るって本当に大切なことなんですな。

また次回、施設の皆さんにお会いするのが楽しみです。
Category: 介護の現場から(事例集)
Published on: Thu,  24 2016 08:00
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