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事例066 残す人、残される人の思いやり

グループホームに入居する90代の女性、Aさんの出来事です。
Aさんには4人の息子がいます。

しかし、うち2人は病気で早くに亡くなられたそうです。

Aさんは気分が落ち込んだ時や、亡くなった息子たちのことを思い出した時、いつもぽつりとこう言います。
「自分だけ長生きしてバカみたいね。」
少し微笑みながらも、表情には深い哀しみがにじみ出ていました。


ある日、Aさんの息子さんが、何やら業者の人を連れて来て、Aさんを交えて話をしていました。

Aさんがホームに入る前に住んでいたマンションを売りに出す、という話らしいのです。
Aさんがそのマンションについてお話してくださることがあったので、私は少し心配でした。

「お金がない時代に、亡くなった旦那と一生懸命働いて、マンション買ったの!日当りが良くってね。私の少しだけの自慢よ。」
自慢のマンションを売りに出すとなったらさぞ寂しいことでしょう、落ち込んでしまうのではないかと、心配になりました。


1〜2時間たったでしょうか。
話が終わり帰ってきたAさんは明るい顔でこう言いました。

「私がここにいるからね、家が空いてるのよ。数年後にオリンピックがあるでしょう!その家は都心に近いからね、外国の人や地方から来た人が借りやすいみたいなのよ。その話だったわ。私の家を貸すんですって。名義も息子に変えたし、管理は任せてあるからね、私は安心してるの。」

(あれ?マンションを売る話じゃなかったのかな?)と思いながら聞いていましたが、とにかくAさんが納得のできる話だったらしく、良かったと一安心しました。


後から息子さんの話を聞くと実際は、やはりマンションを売る話だったようです。
しかし、そこには息子さんなりの母親想いの配慮がありました。

「母には、人に貸す、と言ってあります。でも実際のところ、私たちは離れて暮らしていますし、管理が出来ませんし、維持費も掛かります。母はグループホームでの暮らしに慣れたようで、『ここに住み慣れたら一人暮らしは出来ない』とも言っています。だから、売りに出すことにしました。しかし本人に、売るということは言わないことにしました。母はこれまで辛い想いをたくさんしてきました。母から想いでのものを全て奪ってしまう気がしています。落ち込んでしまうのではないかとも思いました。だから、『人に貸す』と伝えることにしたんです。」

母親が、今は亡き旦那さんと一生懸命働いて買ったマンションを、売るとはとても言えなかったようです。
旦那を亡くし、息子を自分より先に2人も亡くした悲しみに加え、思い出までも奪ってしまったら、生きる気力を失ってしまうのではないかと、心配したのでした。

“グループホームで最後まで、心穏やかに過ごして欲しい”というのが、息子さん達の願いのようでした。


介護施設に入居したあと、今までの住まいをどうするのか、という問題はよくあります。
本人が納得出来ないまま早々に家を売った家族もいて、その後、認知症がどんどん進み、家族に対する被害妄想が増幅してしまったという例もあります。

“今まで暮らした家”というのは、人生の中で本当に大きな存在です。
そこでの暮らしが長くなればなるほど、思い出も物も増えていきます。

そんな大事なものだからこそ、もしもそこを離れることがあるとすれば、ということを考えておくことも必要なのかもしれません。
さらに、家族としても、その想いを知っておく必要がある気がします。

Aさんはホームに入居する際に、マンションの名義を息子さんに変更し、あとは任せるねと話してあったそうです。
今、マンションを売ることになりましたが、息子さんの母を思う配慮のおかげで、Aさんは心穏やかにホームで暮らしています。
マンションの話をすると、「オリンピックが近いからね、息子が観光客の為に貸すって言ってた。」と、得意気に話してくれます。


残す人、残される人がお互いに思いやりを持って未来を考えられるように、“住まいのこと”も家族の中で事前に話し合っておくことが必要な気がしています。
Category: 介護の現場から(事例集)
Published on: Thu,  31 2016 08:00
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